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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)3096号 判決 1982年10月07日

原告

高見静夫こと金奉元

ほか一名

被告

八洲礦油株式会社

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一  被告は原告高見静夫こと金奉元に対し二六一万四一五八円、同栄和交通株式会社に対し一九万一二四〇円及び右各員に対する昭和五六年五月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言

第二請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第三請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和五三年七月五日午前三時〇五分ころ

2  場所 大阪市北区太融寺町二番一四号先路上

3  加害車 普通貨物自動車(大阪四四す二四四三号)

右運転者 訴外灰塚峰盛(以下、訴外灰塚という。)

4  被害者 原告高見静夫こと金奉元(以下、原告高見という。)

原告栄和交通株式会社(以下、原告会社という。)

5  態様 原告高見が普通乗用自動車を運転し、交差点で対面赤信号に従つて停止中、訴外灰塚の運転する加害車に追突された。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告の従業員である訴外埜々下郁夫が、被告の経営する寝屋川セントラル給油所敷地内で、加害車のドアに施錠せず、かつ、エンジンキーを差し込んだまま駐車した過失により、訴外灰塚に加害車を窃取され、訴外灰塚が盗んだ加害車を運転中に本件事故を発生させた。

三  損害

1  原告高見の損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

原告高見は、本件事故により、腰部捻挫、頸部捻挫の傷害を受けた。

(2) 治療経過

昭和五三年七月一八日から同年一一月二二日まで一二八日間入院

昭和五三年七月五日から同月一七日まで及び同年一一月二三日から昭和五五年七月一九日まで通院(実治療日数三三〇日)

(3) 後遺症

前記受傷により、原告高見には、自賠等級一四級に該当する腰痛、頭痛、頸部痛、一瞬意識障害等の後遺症が残存した。

(二) 治療関係費

(1) 愛泉病院治療費 二四三万六六三二円

(2) 同病院バリ治療費 一万六五〇〇円

(3) 入院雑費 八万九六〇〇円

(4) 通院交通費 二三万一〇〇〇円

(三) 逸失利益

(1) 休業損害 六九九万七二一八円

日額九五四六円の割合による七三三日分

(2) 将来の逸失利益 四七万五七七九円

年収 三四八万四二九〇円

労働能力喪失率 五パーセント

期間 三年間

(四) 慰藉料 一八四万円

(五) 損害の填補 九四七万二五七一円

原告高見は、自賠責保険金一九五万円、労災保険金七五二万二五七一円の各支払を受けた。

2  原告会社の填害

物損 一九万一二四〇円

四  本訴請求

よつて、原告らは被告に対し、請求の趣旨記載のとおりの判決(遅延損害金は、訴状送達の翌日から民法所定の年五分の割合による)を求める。

第四請求原因に対する認否及び被告の主張

一  認否

1  請求原因一の各事実は認める。

2  同二について、1のうち被告が加害車を所有していたこと、2のうち被告が訴外埜々下を雇用していたことは認めるが、その余は争う。

3  同三の1、2の各事実は知らない。原告高見の受傷及び後遺症は、本件追突事故のみに起因するものではない。

二  主張

1  本件事故は、訴外灰塚が、昭和五三年七月四日の夜被告の経営する寝屋川セントラル給油所敷地内から駐車中の加害車を窃取したうえ、これを運転中に発生させたものであるから、被告の加害車に対する運行支配及び運行利益は失われていたものというべく、被告に運行供用責任はない。

2  また、前記のとおり、訴外灰塚は、被告の経営する給油所から加害車を盗み出したものであるが、右給油所は、三方がコンクリート防災壁に囲まれ、道路に面した部分にはチエーンが張つてあり、客観的に第三者の自由な出入りを禁止する構造になつており、しかも加害車は右給油所敷地内の一番奥の事務所のある建物と洗車機との間に駐車してあつたものであるから、加害車の保管管理になんら過失はない。

仮に、被告の従業員である訴外埜々下が、加害車のドアに施錠せず、かつ、エンジンキーを差し込んだまま駐車していた点に管理上の過失があるとしても、右の過失と本件事故の発生との間に相当因果関係はない。

第五被告の主張に対する原告らの答弁

一  被告の主張1を争う。

被告は、加害車の所有者として、第三者に無断で運転されないよう従業員をしてドアに施錠せしめ、かつ、エンジンキーを抜かせておくなどの管理義務があるのに、これを怠つて放置していたのであるから、訴外灰塚による運転を許容していたものといわざるをえず、運行供用者責任を免れない。

二  被告の主張2を争う。

本件加害車が駐車してあつた被告の給油所は、道路に面する入口部分に鎖が張つてあるというものの、入口にはなお自動車が一台出入りできる隙が空いているうえ、道路から容易に給油所敷地内を見渡すことができ、自由に立入つて自動車の出し入れをすることができる構造になつていて、しかも夜間の当直者はなく、無人となるのであるから、このような場所にエンジンキーを差し込んだまま、ドアに施錠もしないで駐車していた被告の従業員の過失は否定できず、このような被告の加害車に対する管理義務違反と本件事故の発生との間には相当因果関係があるから、被告は民法七一五条一項の責任を免れない。

第六証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因一の各事実は、当時者間に争いがない。

二  そこで、責任原因について判断する。

1  運行供用者責任

(一)  被告が加害車を所有していたことは、当時者間に争いがなく、この事実に、前記一の争いのない事実及び成立に争いのない甲第一一号証の一、同号証の九ないし一二、乙第一号証の二、寝屋川セントラル給油所の全景写真であることにつき争いのない検甲第一号証、加害車の駐車していた場所付近の写真であることにつき争いのない検甲第二号証、休日、夜間の出入口付近の写真であることにつき争いのない検甲第三号証及び本件ガソリンスタンドの写真であることにつき争いのない検乙第一ないし第一六号証、証人高石時雄、同中村信貞の各証言、原告高見静夫こと金奉元本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告の経営する寝屋川セントラル給油所(以下、本件ガソリンスタンドという。)は、大阪府寝屋川市大字秦六〇一番地に所在する、国道一七〇号線に面したガソリンスタンドで、三方を高さ約二・二メートルのコンクリート製の防火壁で囲まれ、車両は正面の道路に面した部分の左右から構内に出入りするようになつている。そして、構内のほぼ中央に有蓋の計量機と商品の陳列棚が設置され、その左後方にも有蓋の計量機があり、左奥には洗車場、その隣りには事務所、作業所等が一続きとなつた一棟の建物がある。ガソリンスタンドの営業時間終了後は、正面の道路に面した部分に、敷地に沿つて高さ約一・三メートルの脱着式の杭(支柱)が立てられ、鉄製の鎖が一本張り渡されるが、向かつて右側には鎖がかけてなく、車両が一台通行できる位の隙がある。夜間は構内にある水銀灯が点灯し、また事務所内の照明もあるので、四囲の状況を見通すことは可能である。事務所内には宿直室の設備があるが、必ずしも宿直する者はおらず、加害車の盗難当時も構内は無人であつた。

被告の従業員訴外埜々下郁夫は(被告が訴外埜々下郁夫を雇用していたことは争いがない)、本件事故前日の午後六時三〇分ころ、本件加害車を、ドアに鍵をかけず、かつ、エンジンキーを差し込んだまま事務所の左横(西側)に車首を奥(北)に向けて駐車し、盗難当時も加害車はそのままの状態で駐車してあつた。

(2) 訴外灰塚は、当時、大阪市内の愛隣地区に住んで人夫などをしていたものであるが、同訴外人は、本件事故前日の昭和五三年七月四日、寝屋川市内の知人を訪ねた帰途、当日昼間から飲み続けていた酒のため酔いつぶれて警察で一時保護されるなどした後、同日午後一一時三〇分ころ、大阪に帰るため最寄りの寝屋川市駅に向かつたが、既に最終電車はなくなつているものと考えて、野宿するため適当な場所を物色しながらまた酒を飲み、やがて喉が乾き水が飲みたくなつて水道の蛇口を探して徘徊するうち、国道一七〇号線に出て、国道沿いに歩いていつたところ本件ガソリンスタンドを発見したので、早速ガソリンスタンド右側の鎖の隙間から構内に入り込み、事務所の隅にあつた水道で水を飲んだ。それから同訴外人は、事務所の左側に駐車してあつたトラツク(本件加害車)の中で夜を明かそうと考え、運転席側のドアを引張つたところ鍵はかかつてなく、ドアが開き、エンジンキーも差し込んだままになつていたので、とつさに、車を盗み出して大阪まで帰り、これを隠しておいて遊びに行くのに使つてやろうと考えて、翌七月五日午前一時四五分ころ、自らは無免許であつたが、かねてより自動車の運転操作を習い覚えていたので、直ちに加害車を運転して大阪方面へ向かつて走り出し、大阪市内を走行していた同日午前三時〇五分ころ、本件追突事故を発生させた。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  右の事実によつて考えると、訴外灰塚は、被告と雇用関係その他何らの人的関係がなく、しかも、同訴外人は、当初から領得の意思をもつて本件加害車を盗み出し、寝屋川市内から大阪市内まで運転して本件事故を起こしたものであつて、窃取時から事故を起こすまで約一時二〇分も経過していること、一方本件加害車は、ドアに施錠せず、かつ、エンジンキーを差し込んだまま駐車してあつたとはいえ、駐車場所は一般通行人の往来する道路上ではなく、三方をコンクリートの壁で囲まれたガソリンスタンドの構内の、道路から離れた奥に停めてあつたものであること(道路から加害車の駐車していた位置までの距離につき、証人高石時雄は三〇メートル位、同中村信貞は二一メートルと述べており、いずれとも確定し難いが、とにかく、ガソリンスタンドの最も奥の方に駐車してあつたことは間違いない。)、また、ガソリンスタンドの正面、すなわち道路に面した部分には、向かつて右の方に車が一台通れる程の隙間があるとはいえ、鎖が一本張つてあつて、道路と敷地とを隔てていたこと等の事実を総合すると、本件ガソリンスタンドは、客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況にあつたといつて差支えなく、そうすると、確かに、加害車のドアに施錠せず、かつ、エンジンキーを差し込んだまま駐車していた点で、加害車の管理が十全でなかつたことは否定し得ないというものの、しかし、一方加害車は前示のような構造、管理状況にあるガソリンスタンドの構内に駐車してあつたのであるから、道路上の駐車と同視することはできず、直ちに、被告に加害車の管理に過失があつたということができないことはもとより、被告において、第三者に本件加害車の運転を容認していたものとも認め難い。結局、被告が加害車に対して有する運行支配は、訴外灰塚が加害車を窃取したことにより奪われ、被告は運行供用者たる地位を喪失したものと解するのが相当である。したがつて、被告は、自賠法三条の責任を負わないとしなければならない。

2  使用者責任

本件加害車の管理、駐車状況は前記1で認定したとおりであり、被告の本件加害車の管理に適切を欠く点のあつたことも前示のとおりであるが、しかし、右事実から直ちに被告に本件加害車の管理につき過失があつたといえないことも先に述べたとおりであつて、また、通常、そのような管理下にあつた自動車が第三者に窃取され、この第三者の運転上の不注意によつて交通事故が惹起されるものということもできないから、結局、加害車のドアに施錠せず、かつ、エンジンキーを差し込んだまま駐車していたことと本件事故の発生及びこれにより原告らが損害を蒙つたこととの間に相当因果関係があると認めることもできない。

三  以上の次第で、その余について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、民訴法八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上拓一)

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